格差社会 - L U N A

格差社会

連休なのでルナっちとゆっくり遊んであげられる。
昨日も天気がよかったので時間をかけてのんびり散歩した。
ルナっちは年のせいか脚が痛むのか他の原因があるのかただの気まぐれなのかわからないけど、途中で休憩したり来た道を戻ったりしてしまうので短い距離の散歩でもものすごく時間がかかる。たぶん、嗅ぎたい臭いがあったのに私がどんどん進んでしまうからそれが不満なんだと思うけど...よその家の門前でおしっこされるのもいやだし、仕方ないのよね。
時間に余裕はあったけど、休憩ばかりするルナっちの疲れを考えて、途中で横道に逸れて別ルートから帰宅することにした。そのルートだと庭先で飼われているワンコに遭遇する。その子は決して無駄に吠えたりはしないとてもいい子。むくむくの長毛の雑種である。ルナっちが来たので興味津々、塀の向こうからこちらをしきりに気にしていたけど、残念ながらルナっちにはその子の存在は見えていない。ごめんね。

その子の飼い主の家は(10坪もない敷地に家族5人で住んでいた私から見ると)とても広い敷地に建てられたまだ新しい立派な邸宅なのだが、その子の家はベニヤ板で囲まれた単純な作りの犬小屋で、庭の隅っこにぽつんと置かれていた。犬小屋周辺はほどよい日陰ができていて、夏はまあ快適なのかなと思えたけど、門扉が常に全開なその家では放し飼いにすることはできないようで、わんこは2~3メートルしかない短い鎖につながれていた。
ベニヤ板の犬小屋の中には、ステンレスの食器に入った着色料入りのドライフードがまだ半分ほども残っていた。朝ごはんを食べきれなかったのか、一日分をてんこ盛りにされて後は犬のペースで食べてよいことになっているのか、いずれにしても衛生的とは言えない状況だった。
フィラリアの薬とかもらってるのかなぁ、と気になるくらい放置されているその子と、ドッグフードといえばプレミアム、余裕があれば手作り、水は浄水かミネラルウォーター、おやつは素材の顔が見えるもの、月に一度はトリミングに連れて行き、ついでに病院で簡単な健康診断を受け、半年に一度は東京の病院2ヶ所で精密検査を受け、帰りに六本木ヒルズや東京ミッドタウンに寄り道して帰ってくるルナっちの生活はあまりにも違っていた。
違うからどうこうというのではなく、単純に「違うねー」と思いながらその子の家を後にした。これもいわゆる「格差社会」というものなのか。ペットの世界にもあるんだなぁ...なんてね。

でも、ここで忘れてはいけないのが、その「格差」というのがあくまでも人間の尺度で測ったものだということ。人間の価値観で、金をかけたり手をかけたりしているだけであって、ペットたち本人にとってはどーでもいいことだ、たぶん。だから私は、必ずしもルナっちが幸せだとは言えないと思うし、その子がとりたてて不幸だとも言えない。ルナっちはいろいろな病気を早期発見して早期治療してきたけど、その一つ一つの治療は痛くて辛くて寂しくて、ルナっちにとってはマイナスでしかなかった。人間の目で見るから「長生きできたんだからよかったじゃん」と言えるだけ。半年に一度東京へ行くけど、ルナっちはたまたま乗り物も東京のおしゃれな街並みも病院も先生も好きだからいいだけで、そうでない子にとっては地獄だろう。フードだって、体にいいものがいいと思うのは人間だけで、ルナっちは食べられればなんでもいいに違いない。すべて飼い主である私の自己満足のためなわけだ。つきあわされるルナっちにとっては大迷惑かもしれない。その点、あの雑種ちゃんは誰の都合にも振り回されることなく与えられた環境を享受している。あの子の時間はあの子のためだけに動いている。どっちが幸せかなんて誰にもわからないのだ。

ペットとの暮らしは奥が深い...
ただ、その子の行動範囲がたったの半径3メートルなのは誰がなんと言おうと絶対にかわいそうだし、フードが入れっぱなしの食器もいかがなものかと思う。条例には繋留義務はあるけど、庭で飼うなら繋留禁止も盛り込むべきだろう。

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